総合商社が追いかける2人の恋人

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2017/4/17

株式運用第一部

上石 卓矢

※このレポートでは、日本株ファンドマネージャーが注目しているトピックなどを毎週お届けします。

 

先日、総合商社A社の決算説明会に参加しました。A社は資源価格上昇などから今期の利益見通しを大幅に上方修正していたため、株式投資家の関心事項はどのくらい株主還元を拡充するかという点でした。しかし説明会の場で、余剰資金の使途について債務削減>投資>株主還元という優先順位をA社の経営者が示したため、投資家はA社を株主還元に相対的に消極的な会社だとみなしました。そのため、絶好調な業績にもかかわらず、説明会後のA社の株価はしばらく軟調に推移しました。今後成長する会社を見つけるだけではなく、株主資本の管理者として優れた経営者を探す必要があると改めて考えさせられた事例でした。

 

今までのA社の説明会や個別取材のメモを見返してみると、説明会では債務削減に積極的な発言が目立つ一方、個別取材時には株主に配慮する発言があり、説明会と個別取材では発言にやや温度差があることに気が付きました。

 

これは、総合商社が株式投資家だけではなく、クレジット投資家も追いかけているからです。ミラン・クンデラの恋愛小説『存在の耐えられない軽さ』において、外科医のトマーシュが田舎娘テレザと奔放な画家サビナの2人と関係を築いたように、総合商社は性格の異なる2人の投資家を相手にしています。株式投資家は将来の企業価値に比例してリターンが増減する一方、クレジット投資家は満期までにデフォルトしなければ一定のリターンを得ます。どちらもリターンの源泉は企業のキャッシュフローなど一緒なのですが、その配分によっては利害が対立するおそれがあります。例えば、配当や自社株買いは株式投資家にとって利益となりますが、一方で現金流出と財務悪化が起きるとクレジット投資家にとっては不利益となる場合があるからです。

 

総合商社がクレジット投資家を重視する理由は、負債の金額が大きく、資金調達コストに格付けが影響するためです。大手総合商社の有利子負債額は数兆円規模であり、仮に支払金利が1%変化すると、利益は数百億円規模で変化します。また、ネットD/Eレシオも70-170%と高いため、会社の継続性という点でも負債の管理は重要です。加えて、プロジェクトファイナンスを用いた資源開発などを展開するうえではA格以上の格付けが必要な場合があります。総合商社の財務部からすると、A格を失ったせいで現場が準備してきた有望なプロジェクトが白紙に戻るというのは絶対に避けたいはずです。

 

著名投資家のピーター・リンチが「経営がぐらついていて株価も安い企業に投資をするときには、その企業の社債価格がどうなっているかを事前によく見ておくべきだろう」*と書いているように、昔から一部の株式投資家はクレジット投資家の動きに注目してきました。A社の中期経営計画をよく見れば、格付けA格上位が目標との文言があり、クレジット投資家の目線があれば債務削減を重視する資本政策を予測できたはずです。

 

クレジット投資家や格付け会社の視点もふまえて総合商社セクターを展望すると、これまでの企業努力によって、大手から中堅までそれぞれ注力してきた債務削減は概ね終わりに近づきつつあります。今後は格付けを考えるうえでも利益の絶対額増加と安定性向上がより重視されるようになると見込んでいます。そのため、割高な投資や資源価格の下落がなければ、利益と配当の増加によって、総合商社の企業価値は増えていくと見ています。このシナリオが正しいかどうかを見極めるため、利益見通しや株主還現方針だけではなく、決算説明会でのクレジット投資家向けの説明と格付け会社のレーティングアクションに注目したいと思います。

 

<参考文献>

*ピーター・リンチ(2015)『ピーター・リンチの株の法則』ダイヤモンド社

 

 


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