成長戦略のここに注目-日本郵政に見るガバナンス強化の効果

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2017/5/1

経済調査部

部長 門司 総一郎

 

日本郵政は、2015年に買収した豪州の物流子会社トール・ホールディングスの「のれん」を一括償却することを決めました。この償却により、日本郵政は4003億円の損失を計上、当期利益は400億円の赤字になる見通しです。今回の「市場のここに注目」は日本郵政の一括償却について考えてみます。

 

のれんは企業が他の企業を買収した際の買収金額と被買収企業の純資産の差で、ブランドなど目に見えない企業の価値を評価したものとされています。

 

日本の会計基準では、のれんは最長20年かけて償却されることが求められており、日本郵政も毎年200億円ずつ償却してきました。しかし、買収後のトールの業績が買収時の想定を下回ったことから、のれんの価値についても買収時に想定したほどではないと判断、これが今回一括償却を決定した理由です。

 

最近日本企業による海外企業の買収は増加の一途をたどっており、それに伴ってのれんの償却で損失を計上する企業も増えています。今年2月には楽天がのれん償却で損失を計上、東芝とその原子力発電子会社ウエスチングハウスの事例も、仕組みは複雑ですが基本は同じです。

 

買収後わずか2年で巨額損失を計上したことは褒められるものではありません。しかし、それでも日本郵政の決定には評価できる点があります。1つは早期にのれんの償却に踏み切ったことです。

 

一般に経営者は赤字を嫌がり、容認される範囲で決算の見栄えをよくしようとするといわれます。日本郵政についても「分割償却で決算上赤字を出さない手もあった」(日本経済新聞、426)とのことです。

 

それにもかかわらず一括償却に踏み切ったのは、体力があるうちに膿を出し、身ぎれいになった上で今後の戦略を再構築しようという前向きな経営姿勢によるものです。日本郵政の長門正貢社長は記者会見で「過去のレガシーコスト(負の遺産)を一気に断ち切る」(日経、426)」と語っています。

 

これは正しい判断です。傷口をそのままにして悪化させ、取り返しがつかなくなってしまうことはよくある話です。日本郵政の決定はそうした将来のリスクの芽を早い段階で摘むものであり、評価できると考えています。

 

もう1つ評価できる点は経営責任の明確化です。長門社長と日本郵便の横山邦夫社長は6か月の間、役員報酬の20%を返上。トール買収当時日本郵便の社長だった高橋亨現会長は、報酬の30%を返上、更に代表権をも返上することになりました。その他の日本郵政、日本郵便の役員も責任に応じて、報酬の一部を返上するとのことです。このように経営責任を明確にしたことも、今回の日本郵政の決定を評価する理由です。

 

株式市場もこの決定を評価しているようです。日本郵政の株価は、この件が報道された420日こそ下落しましたが、その後は5日続伸しました。また社内でも「これで業績回復の道筋をつけやすくなる」(読売新聞、422)などの声があるとのことで、雰囲気は悪くなさそうです。

 

1月に映画事業を減損したソニーなど、最近日本企業の間では、損失を恐れず前向きな減損や償却に踏み切る事例が増えているようですが、これはリーマン・ショック以前と比べた日本企業の大きな変化です。この日本企業の変化の理由の1つがアベノミクスの第3の矢、成長戦略のコーポレート・ガバナンス強化です。

 

社外取締役の増加などにより経営の透明度が高まったため、経営者が自分に都合の悪い情報を社外に出さずにいることが困難になりました。「どうせ隠せないなら、こちらから出してやろう」ということで償却や減損が増えていると思います。

 

理由はともかく都合の悪い情報を積極開示し、処理することはよいことです。前述の様に将来のリスクの芽を摘むことになります。また経営者が心配の種を抱えていると、その問題に気をとられて経営判断を誤るリスクが高まります。一時的に非難されても開示してスッキリした方がよいのは間違いありません。

 

3月29日付当コラム「『失われた20年』を越えて-失われた20年は終了」ではガバナンス強化が企業経営者の姿勢を守りから攻めに変えたことが、日本企業の競争力強化に繋がったと述べましたが、その観点からすれば、日本郵政の決断は「攻めの一括償却」といえます。後顧の憂いを断ったのちに攻めに転じるということです。

 

日本郵政の報道を受けて、市場ではのれんの額が大きい企業を警戒する動きがあるようですが、既にM&Aは日本企業の間で成長のための主要なツールの1つとして定着しており、今後も拡大が見込まれます。のれんの額が大きいだけでその企業を敬遠する投資はあり得ないでしょう。

 

大切なのはのれんの規模でなく、のれんが毀損した時の企業の対応です。今回の日本郵政の対応については評価できるものと考えています。

 

以上

 


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