日本再興戦略のここに注目-経済の好循環と賃上げ

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経済調査部 部長 門司 総一郎

 

引き続き2015年の日本再興戦略(以下15年版)です。今回は前回紹介したコーポレートガバナンス強化(以下ガバナンス強化)以外の施策の進捗について考えます。最初は「賃金引上げの環境整備」(以下賃上げ)です。安倍晋三首相が好んで使う「経済の好循環」を実現した成長戦略として、ガバナンス強化の次に位置付けられると見ています。

 

経済の好循環は、(企業収益拡大)→(雇用増・賃上げ)→(家計の所得拡大)→(消費支出増)→(企業収益拡大)・・・のサイクルを意味します。ポイントは企業の収益を家計に分配するプロセスです。そこで重要な役割を果たすのが賃上げです。

 

「分配」と「成長」は対立する概念として用いられるため、賃上げを成長戦略とすることにやや違和感を感じます。にもかかわらず安倍首相がこれを成長戦略に盛り込んだ理由は「企業(特に大企業)など特定の経済主体だけが富む成長は持続しない。あらゆる経済主体に恩恵が行き渡ることが必要」と考えたためと思います。

 

中国の経済改革を主導した鄧小平氏の「白猫・黒猫論」のような「豊かになれるところから豊かになる」とは逆の考え方ですが、どちらが正しいというわけではありません。ただ、ピケティブームに見られるように「格差」や「富の集中」が世界的に問題となっていることを考えると、安倍首相のこうした配慮は時宜を得たものと思われます。分配プロセスをも盛り込んだこともアベノミクスの成長戦略のユニークな点の1つです。

 

ご存知のように今年の春闘では2年連続の大幅賃上げが実現しました。また中小企業が多く加盟するUAゼンセンの松浦昭彦書記長が「賃上げは中小に広がった」(日本経済新聞、6月1日)と述べるなど、中小企業にも恩恵が波及しつつある模様です。このように経済の好循環が動き出したことを評価して、15年版では賃上げがガバナンス強化に次ぐ実績として位置付けられると見ています。

 

観光立国も進展著しい成長戦略です。14年の訪日外国人は前年比29%増の1341万人。「2020年に訪日外国人2000万人」の目標は前倒しで達成との声も出ています。

 

訪日外国人の増加は景気にも好影響を与えています。2月の春節の際に中国人観光客の爆買いが話題になったのは記憶に新しいところです。また「インバウンド銘柄」が話題になるなど株式市場にも大きな影響を与えました。政府は新たに2020年に訪日外国人の消費支出を現在の倍の4兆円にするとの目標を設定、観光立国推進を強化する構えです。

 

観光立国の効果は実態面だけではありません。日本人の自信回復にも一役買っています。炊飯器、温水便座から化粧品やサプリメント、さらに化粧筆や包丁、南部鉄瓶、盆栽など外国人が買うものの中には日本人にとっては「なんでこれが!?」と思うようなものも少なくありません。これは日本人が気が付かない価値を、外国人が見出していることになります。

 

前回述べたように安倍首相は「実態悪が問題でなく、本当はできるのに自信を失くしてやらないことが問題」と述べていますが、これはその好例です。「本当は売れるのに、売れないと思って売らないから売れない」わけです。しかし「外国人が買ってくれれば自信がつく。自信がつけばもっと売れる」ことになります。観光立国にはそうした効果もあります。

 

農林水産業の競争力強化も進んでいます。減反廃止や農協改革など農業関連の規制緩和には進展が見られます。また2014年の農林水産物輸出は過去最高の6177億円。目標の「2020年に1兆円」が視野に入ってきました。

 

その他では法人減税も実現しましたし、女性の活躍推進も進んでいるといってよいでしょう。先進医療の分野では、昨年秋の規制緩和で再生医療薬の承認までの期間が短縮され、世界最短で実用化できるようなりました。これを受けて英国やイスラエルの薬品メーカーが日本に研究拠点を開設するなどの成果も出ています。

 

そうはいっても規制改革は全体的に進捗が遅れています。高度外国人材の活用や立地競争力強化のための国家戦略特区活用についてはほとんど報道を見ません。再生エネルギー開発でも、期待される地熱発電は熱源が観光地に位置することが多いため、規制が開発を阻んでいます。

 

ベンチャー支援も遅れているようで政府は起業に対する支援額を300万円から最大2000万円に引上るなどてこ入れを図っています。総合科学技術イノベーション会議は5月になってようやく総合戦略をまとめました。自動運転車や農業に重点分野として資金を配分する予定ですが、2016年度からです。

 

成長戦略の中で圧倒的な知名度の高さを誇る原発再稼働と環太平洋経済連携協定(TPP)は現時点では成果ゼロです。ただし8月には川内原発の再稼働により原発ゼロが解消される見込みです。またTPPは米下院での貿易促進権限法案(TPA)の議論次第で6月中に大筋合意の可能性が残っています。実現すれば安倍政権にとって大きな実績になるでしょう。

 

立地競争力関係も法人減税を除けばほとんど進展ありません。ただしホンダがフィットの生産拠点を英国やメキシコから日本に移すなど、円安のおかげで製造拠点の国内回帰が続いており、結果的には立地競争力が回復している状況です。15年版でこれも実績としてカウントされる可能性はあるでしょう。

 

「今回の目玉は何ですか?」との問い合わせを受けることがありますが、日本再興戦略も3年目なので、ここから新しい施策が追加されることはそれ程ないと思います。昨日の産業競争力会議の資料でも、目新しいのは最近話題のInternet of Things(IoT)ぐらいと思います。それよりもベンチャー支援のように遅れている施策にてこ入れする、あるいは観光立国のように進んでいるものをさらに強化する方が多くなると思います。

 

新しい施策に目玉がないことは問題ではありませんが、問題は開始後2年を経過した成長戦略として誇るべき実績の目玉は何かということです。この点については既に述べたように、経営者の自信回復とガバナンス強化、経済の好循環と賃上げが目玉に位置付けられると考えています。

 

「日本再興戦略のここに注目」は次回が最終回ですが、そこではなぜ市場関係者が成長戦略の進展を認識することが日本株の上昇に繋がるのかについてお話しさせて頂く予定です。

 

3つのアクションプラン

 


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