事業債分析とIFRS

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クレジット調査部 渋谷 宗男

 

債券(事業債)にせよ株式にせよ財務分析の重要性は共通ですが、分析に当たり昨今小さな混乱が生じ始めています。それは「国際会計基準(IFRS)」の普及です。時系列あるいは同業他社比較において、会計基準が複数存在することで「見え方」が異なるため、企業評価のロジックに整合性が付かないケースが現れてきたのです。

確かに以前から「米国会計基準」適用企業はありましたが、社数が20社(元々30社超あったがIFRS等へ移行)と限定的、業種が電気機器に偏在と、さほど意識せずとも済んでいました。一方のIFRSは業種を問わず適用社数が着実に増えており、15年6月末時点で適用済61社、適用予定27社、計88社が移行しました。直近15年3月期では日立製作所グループが移行しており、適用社数が一気に増加しております。

 

IFRSについては既に様々な解説やケーススタディがなされていますが、少し興味深い事例がありましたのでここに紹介いたします。

 

キリンホールディングスは、4月30日の第一四半期決算発表と共に、15年度業績予想を上方修正しました。売上高は2兆2,700億円のままですが、営業利益1,390億円、経常利益1,220億円、税引後利益620億円へ、それぞれ220億円増額しております。理由は「企業結合に関する会計基準等の改正を早期適用」したため。具体的には子会社株式の追加取得に係る差額をのれんではなく資本剰余金として処理、また過年度分も遡及修正したことでのれん償却額が年間220億円減少するというものです。同社はIFRSへの移行を17年度の検討事項としていますが、一部の会計基準を先行適用した形です。

 

利益が増えるのは喜ばしいのですが、物事はそう単純でもありません。バランスシートが結構歪みました。すなわち、借方でのれんが2,639億円、貸方で資本剰余金が814億円、利益剰余金が1,432億円、為替換算調整勘定が391億円、少数株主持分が0.6憶円、それぞれ減少しました。財務指標でみると、自己資本比率は37.2%から31.0%に、ネットD/Eは0.72倍から0.95倍になっております。クレジット的には問題です。

 

下図は食品業界におけるR&Iの格付A+の企業群をプロット(若干単純化してあります)したものです。同社の特徴として元々財務バランスに弱みを抱えていたのが、今回の会計基準変更で一段と際立つ形になりました。ネットD/Eで0.95倍というのは業界内でもかなり悪い方で、格付A-の森永乳業やBBB+の雪印メグミルクすらも下回る水準です。
もちろん、①実額で見た自己資本の厚み:目減りしたとは言え8,000億円超、②収益力の強さ:下記EBITDAマージンの12.4%は格付AAの味の素並、酒税も考慮すればさらに1.2ppt上乗せ、③ブランドの強み、④オセアニアやブラジル等地域分散の進展、⑤協和発酵キリン等非食品事業の寄与、といった定性面も総合的に判断すれば、格付に響くことはないのでしょう。とは言え、例えばアサヒグループホールディングスと同格で良いのかと問われるとやや違う気もします。

 

食品A+(R&I)企業群

 

後出しになりますが、この件に関しては既に一応の解答が出ております。R&Iは7月16日付でキリンの発行体格付維持を公表。会計基準変更に関して「見かけ上の資本負債構成は悪化するが、実態に変化はなく、信用力評価への影響もない」とコメントしました。キリンに関してはこれで一件落着でしょうが、今後ともIFRS適用を跨いでの混乱は続くと思われます。


なお、クレジット評価からは少し離れますが、今回の会計基準変更により、キリンの15年度予想ROEは計算上6.3%になります。14年度実績は3.0%、基準変更前(修正前)の15年度予想でも3.6%でした。ISS(米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)がどういったコメントを発してくるか、注目するところです。

 


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