日本企業が好景気でも値上げをしない理由

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2018/1/22

株式運用第一部

上石 卓矢

 

※このレポートでは、日本株ファンドマネージャーが注目しているトピックなどを毎週お届けします。

 

「バーは大盛況で、カクテルが宙を漂うようにふんだんに外の庭園にまで行き渡り、そうこうするうちにあたりの空気は活気を帯びてくる。笑いがあり、おしゃべりがあり、たまに意地の悪いあてつけがあり、即座に忘れられてしまう紹介があり、お互いの名前も知らない女たちが再会を熱烈に喜び合ったりしている。太陽が傾き、ゆっくり退場していくにつれ、照明はいっそう明るく映えていく。」フィッツジェラルドは狂騒の20年代前半のロングアイランドをこう描写しましたが、いまの日本も同様の好景気だと感じています。

 

ただし、景気がよいにもかかわらず、物価上昇力は弱いと言えます。普通は需要が増えれば価格も上がるはずですが、日本企業は好需要期でもあまり値上げをしません。たとえば、最近の機械部品業界は需要が旺盛であり、納期1年待ちの製品があるほど需給がひっぱくしていますが、企業は積極的に値上げをしていません。それどころか、超過需要に応えるために、急に製造派遣を雇うなどムリをすることで、業績が悪化する企業もあるほどです。これは経済学の教科書が想定する限界原理(合理的な企業は限界利益と限界費用を天秤にかけて、コストに対してメリットが大きい場合のみその選択を行う)に反した非合理的な行動ですが、どうして日本企業は好景気時に値上げをしないのでしょうか。

 

1つめの理由は、日本企業は原価低減によって成長してきた歴史があり、価値に見合った適正価格で提供するという考えが希薄なためです。日本の製造業発展の原動力となったトヨタ生産方式は完全競争市場を前提とした原価低減の思想であり、トヨタ生産方式を体系化した大野耐一氏の「製造業の利益は原価低減でこそ得られる」という考えを持つ日本の製造業企業は少なくありません。また、非製造業でも同様で、たとえば電車運賃や不動産家賃には『毎年5%上昇する』といった値上げ条項があるのが海外では一般的ですが、日本では値上げをしないことが多く、鉄道会社などは今でも原価低減が収益のドライバーとなっています。

 

2つめの理由は、値上げの知見が不足しているためです。自社の製品やサービスがどういう価値を提供していて、いくらが適正かを語れる日本の経営者は多くありません。また、売価決定に不可欠な、値段をどれだけ変えると需要量がどれだけ変わるのか(需要の価格弾力性)のデータも不足しています。オリエンタルランドが値上げをできるのは、「ディズニーランドは1時間1,000円以上の価値があり、平均滞在時間が8-9時間だから、8,000-9,000円以上が1Dayパスポートの適正価格」といった仮説を持っており、値上げの実施とその後の再来園意向調査によってPDCAをまわせているからです。Amazonが頻繁に売価を上げ下げするのは需要の価格弾力性のデータ蓄積が目的だと言われていますが、こうした知見を持つ企業が今の日本にどれだけあるのでしょうか。

 

このような考えから、日本の企業行動が変わらない限り、好景気でも物価の上昇は限定的と見ています。言い換えれば、日本企業が値上げに注力するようになれば、売価増→利益増→賃金・資産価格増→消費増→利益増と好循環がまわりだし、狂騒の20年代後半のような世界も夢ではないかもしれません。

 

<参考文献>

スコット・フィッツジェラルド(2006)『グレート・ギャツビー』中央公論新社

大野耐一(1978)『トヨタ生産方式   脱規模の経営をめざして』ダイヤモンド社

 

 


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